紅茶の入れ方

紅茶が広まった理由とは?知っておきたい紅茶の日(11月1日)

紅茶の大衆化

イギリスで最初にお茶が売られた1657年当時、それはまだ“万病に効く東洋の秘薬”としてでした。ところが、1662年にチャールズ2世のもとに嫁いできたポルトガルの王女キャサリンが、中国の茶と当時は貴重であった砂糖を大量に持参し、宮廷に喫茶の習慣をもたらしました。貴重なお茶に貴重な砂糖を入れて毎日飲むという贅沢な習慣は、ポルトガルからきたキャサリンのイギリスに対する示威行為だったかもしれませんが、この贅沢な習慣は次第にイギリスの貴族社会に広まりました。17世紀後半から19世紀初頭までの1世紀余、イギリス東インド会社はお茶の輸入を独占(独占廃止は1813年)し、その取引の利益が大英帝国繁栄の基礎を築いたとさえいわれています。 初めてお茶を商品として飲ませたのは、イギリスの貴族や文化人たちの社交場となっていたコーヒーハウスで、17世紀の中頃のことでした。もともと優雅に飲食を楽しむ文化があったヨーロッパにはこのコーヒーハウスの存在度と信頼度は大きなものとなっていき、コーヒーハウスが次第に大衆化して一般人にも門戸を開くようになり、やがて紅茶はそこから各家庭にも入り込んで、食料品店でも売られるようになって市場は拡大していきました。 その後イギリスは世界に先駆けて、産業革命を成功させると中産階級を中心に食生活にも大きな変化を生じ、紅茶はすっかり人々の生活の中に定着していきました。19世紀に入ってから、イギリスが植民地のインドやスリランカ(当時はセイロン)でお茶の栽培に成功すると19世紀末迄には中国紅茶をすっかり凌駕するようになりました。

紅茶の日(11月1日)

あるとき海難にあってロシアに漂着した日本人がおり、

その人物は伊勢の国(現在の三重県)の船主、大黒屋光太夫とその部下2名。

結局大黒屋は日本に帰ることが出来ずロシアに10年間滞在せざるを得なかったといいます。 しかし帰国の許可を得るまでの辛苦の生活のなかで、異国の日本という地から来た珍しい外国人として

ロシアの民衆は大黒屋に暖かく接したようです。そして異国人の話題は広がり、

ロシアの上流社会に普及しつつあったお茶会に招かれる幸運に恵まれた。とりわけ1791年の11月には女帝エカテリーナ2世にも接見の栄に浴し、茶会にも招かれたとされる史実もあります。 そこから、大黒屋光太夫が日本人として初めて外国での正式の茶会で紅茶を飲んだ最初の人として、この日が定められ、今に至っています。

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