紅茶の入れ方

知られざる紅茶の誕生の歴史【初心者でも分かる!】

紅茶の誕生

紅茶の樹は、紅茶やウーロン茶と同じツバキ科の常緑樹で、原種は中国の雲南省からチベット、ミャンマーにかけての山岳地帯に自生していたとされます。 お茶は、中国では有史以前からその葉を摘んで不老長寿の霊薬として珍重していたそうです。初期には薬として高貴な人々が飲用し、飲み物として一般化したのは6世紀以降。このような普及の仕方は、紅茶にもコーヒーにも共通しています。 ヨーロッパにお茶がもたらされたのは17世紀。海上貿易で世界に雄飛していたオランダによって、中国から伝えられました。それが18世紀のイギリス貴族社会で次第に人気を高めていったのです。 当時のお茶は緑茶でした。それが紅茶となった経緯については定説はありませんが、中国のウーロン茶系のお茶がヨーロッパ人の人気を呼び、製造業者が買い手の嗜好に合わせてその発酵を進めているうちに、強く発酵した紅茶が誕生したと考えられています。

紅茶の争いが原因?アヘン戦争とは

イギリスでは紅茶が渡った後、紅茶の大ブームが巻き起こります。

紅茶を買うためにイギリスは大金を中国に流すことになりますが、イギリスはこの大金流出によって財政が破綻寸前!

特にこの時代は領土を広げようと各国が戦争三昧でしたから、お金を軍事費に回さなければならない。しかし相手は中国です。アジアで莫大な力を持ち、当時の国で最大の領土を誇っていた。

直接攻撃は怖かったのでしょう、イギリスは考えた。当時植民地であった現インドを間に挟んだ三角貿易を行った。

この結果、まずイギリスが中国から紅茶を買い、中国がインドとの貿易開始でアヘンを買う、インドはイギリスの植民地なので、イギリスに売り上げ金を奪われ、代わりの商品を渡される、という仕組み。

すべて銀貨の支払いであったため、結果銀貨はイギリスのもとに戻るというこの貿易でイギリスは財政難から脱却します。

しかし中国はアヘンを買ったことにより国内にアヘン中毒者を大量に抱えることなり、貿易の停止を求めた。

それでは困るイギリス、とうとう直接戦争に!これがアヘン戦争。結果イギリスのぼろ勝ちに終わります。

でも世紀の一戦のきっかけは紅茶だったというわけです。

日本への紅茶の流入

日本が初めて紅茶を輸入したのは明治20年(1887年)で、たったの100kgでした。その輸入は、原産地の中国からではなく、ヨーロッパ文化への憧れとしてイギリスから行われたのです。紅茶が、日本の茶の湯の伝統にも匹敵する舶来の文化として、上流社会でもてはやされたことはいうまでもありません。 かつては日本でも紅茶が生産されておりました。しかし、それは輸出品として生産されていたのです。第2次世界大戦後しばらくは輸入に割り当て制がとられていましたが、輸入が自由化された1971年以降、わが国で販売される紅茶は輸入品に切り替わりました。わが国の紅茶の消費は、ティーバッグの導入や缶入り紅茶ドリンクの開発などを契機に、飛躍的に増加しました。同時に、リーフティーへの関心も呼び起こされ、紅茶の魅力が見直されてきたのです。今日では、あわただしい日々の生活にゆとりを与え、ちょっとおしゃれでヘルシーな飲み物として、ますます愛飲されるようになっています。

紅茶   紅茶

紅茶のピックアップ記事

  1. 紅茶の入れ方
    フルーツティーとは日本でよく見かけるフレーバーティーは、紅茶の茶葉そのものに香りづけしてあり、紅…
  2. 耐熱性ティーセット
    自宅のベランダやちょっとした農地で育てた「自家製ハーブ」を、本格的なハーブティとして販売を考えている…
  3. 紅茶の入れ方
    紅葉は、500年前からの茶文化がある佐賀県に、2005年にオープンした日本紅茶専門店です。紅葉の店長…

紅茶の最新記事

PAGE TOP